その曲の、作詞者・作曲者のことを知っていますか?
ジャズボーカルを趣味に持つ皆さんは、自分のお気に入りの曲を思い浮かべた時、同時にその歌の作詞・作曲者の名前が思い浮かびますか?
ジャズで取り上げる曲は、ただ演奏するための素材じゃありません。ましてや自分の歌の腕前をアピールするための賑やかしアイテムのひとつ、では決してありません。
一つ一つの曲は、プロの作詞・作曲者が、限られたテンプレートの中で(ジャズスタンダード曲だったら大抵32小節)緻密な計算の末に一切の無駄を削ぎ落とし、練りに練り上げたミニマムな芸術作品です。ジャズボーカルに取り組む私達は、歌ったり演奏したりすることで、そんな芸術作品に直(じか)に浸れる瞬間を、もっと大事にしたいものです。
その曲からのメッセージを受け取る
そして、曲が記してある楽譜は、作詞・作曲者が私達に送ってくれたメッセージ(手紙)です。その中には、「ここはしだいにワクワクしたいところ」「ここは不安げなところ」「ここは力強く主張したいところ」だから、そこは貴方達なりの表現で、素敵に演奏したり歌ったりしてくださいね、と書いてあるのです(と思う)。
だから私達は、楽譜をオタマジャクシ(音符)やアルファベット(コードネーム)の単なる配列、そして歌詞を単なる単語の羅列として扱ってしまったとしたら、彼らの愛のこもったメッセージを全く無視してしまったことになるのです。彼らのおかげで楽しい思いをさせてもらっているのに、こんな失礼な事はありませんね。
私達が作品に対してするべきお返しは、まず、この素晴らしい作品を作ってくれた作詞・作曲者に感謝の気持ちを抱きながら演奏を楽しむことです。そして更に言うならば、この半世紀以上の歳月を経て、今もなお演奏され続けている偉大な作品達に、ちっぽけな自分の存在のすべてをゆだねること。つまり「己」の都合を捨てて、作品の世界に飛び込んでいく事なのです。
作詞者・作曲者の生い立ちを知るともっと楽しい!
加えて、作詞・作曲者の生い立ち、曲の背景などを調べてみれば、もっと曲への理解が深まります。例えば『サマータイム』を作詞・作曲した兄弟アイラ&ジョージ・ガーシュインや、『虹の彼方に』を作曲したハロルド・アーレンは、親の世代がアメリカに亡命してきた貧しいユダヤ人という出身なので、アメリカ的な明快さの中にも、曲想にどこか悲しい流浪の民族の歴史が反映されています。
また、『夜も昼も』のようなお洒落な曲を作詞・作曲したコール・ポーターは、裕福な家庭の出で、同性愛者でした。そんなタイプの作者が作る作品の数々は、何か特別な趣きがあるのではないでしょうか?それらの曲が挿入された当時のミュージカル映画を観てみるのも良いでしょう。
そんなわけで、一度調べ始めると、作詞・作曲者や作品への興味は尽きることがありません。調べていくうちにやがて畏敬の念が生まれたり、人となりや作品に共感する部分もあるかもしれません。特定の作曲家のファンになることだってあり得ます。
芸術作品を『私』の声で表現する。
歌や演奏をする私達は、このように作曲者や曲自体のバックグラウンドを知った上で、練り上げられたメロディーと、厳選された言葉で編まれた最小限の歌詞の中から、無限に自分のイマジネーションを拡げていくことが大切です。そのような作業は、ジャズ(ボーカル)という趣味の楽しみを、間違いなくランクアップさせてくれるはずです。
曲のメロディーや歌詞をすっかり覚えて歌えるようになった後、しだいにその歌を歌うのにに飽きてきたら、新しいレパートリーを探す前に是非そんなことを考えてみて下さい。きっと同じ歌を何度歌っても満足しなくなりますよ!そうしているうちに、あなたのレパートリーの中で、いずれあなたにとっての『十八番(おはこ)』の一曲が生まれてくることでしょう。
下の動画は、映画『楽しい離婚(1934)』のワンシーンです。後にジャズスタンダードになった『夜も昼も(Night & Day)』が優雅なダンスと共に歌われています。こんな世界が自分の歌声で表現できたら、それは素敵でしょうね。
2016年4月9日 Facebookページから転載