【ジャズボーカリスト名鑑】アニタ・オデイ②

『ソング・スタイリスト』としてのアニタ

"I’m not a singer, I’m a song stylist." - Anita O'Day

(私はシンガーじゃなくて、ソングスタイリストよ。)by アニタ・オデイ

1940年〜50年代にかけて、初めてアニタの歌を聴いた人々は、『何じゃこりゃ?』と衝撃を受けたはずです。当時の正統派女性シンガー達と全く違ったアプローチでスタンダード曲を歌ったからです。

 

しかし当時、曲の解釈が斬新過ぎて異端だったはずのアニタの作品が、今はジャズボーカルの金字塔として聴き継がれている。彼女は歌い方の新しいスタイルを作った人、つまり歌の『スタイリスト』だったということになります。

 

同じく『スタイリスト』であるビリー・ホリデイから影響を受けたアニタの唱法は確実に今のシンガー達に受け継がれています。

 

何でもアリな今の時代だと普通に聴こえますが、まだロックもR&Bも出現していなかった当時の人々の気持ちになってみると、二人とも相当アヴァンギャルドな存在だったのではないかと思います。

認知症を患いながらも86歳でレコーディング。意外と長かった歌手生命。

彼女の波乱に富んだ人生も『ジャズ』そのものでした。その辺はWikipedia見てみてね(丸投げ?)。

 

私も彼女の自叙伝『High Times Hard Times(いい時も辛い時も)』をじっくり読んでみたいところですが、大ざっぱに把握したところでは、16年間にも及ぶドラッグ中毒は、彼女のキャリアを相当蝕んだようです。しかし、そんな時期も含めてアニタの活動期間は何と70年以上!にも及びました。驚異的な数字です。

 

声の美しさや声域の広さ、ダイナミックさを売りにする歌手達の歌と一線を画す歌唱スタイルのお陰で、アニタはこんなにも長い歌手活動ができたのだと思います。

 

下の動画は2004年のライブ動画。亡くなる2年前、84歳のパフォーマンスです。さすがに声は衰えているのは顕著ですが、ぶっちゃけ若い頃もこんな感じの歌い方でした(笑)

こちらは、67歳のアニタ。上の動画と同じ曲、"Is you is, or is you ain't my baby"を歌っています。

米エンターテイメント界でアニタの立ち位置はどんなものだったか?

ちょっと嫌な話をしましょう。

かつて『ジャズ批評 No.64 ヴォーカル読本(1989)』に、大瀧譲司さんと仰る方の寄稿している『ショービズ最前線・米芸能界エンターテイナーの戦い』という記事を読んでいて、とある件(くだり)に大きな衝撃を受けたことがあります。(以下、引用)

“アメリカの歌手達のショービズでの現在のランクをはかるのにもっとも手っ取り早いモノサシは、ラスヴェガスやアトランティック・シティに出ているとき、メインのショールームに出ているのか、ラウンジのショーなのかということだ。

 

シナトラやサミー(デイヴィス Jr.)、ディーン・マーティン、アンディ・ウィリアムス、ヴィック・ダモン、トニー・ベネット、トム・ジョーンズ、エンゲルベルト・フンパーティンク、メル・トーメらはショールーム組。

 

ところが、サラ・ヴォーン、アニタ・オデイ、ビリー・エクスタインはラウンジ組。

 

有名なホテル&カジノのショールームで最低入場料金は15〜20ドル、スターが出ていれば25~35ドル、これがラウンジとなると5〜10ドルとはっきり差が付く”

アニタを一番評価したのは、多分、日本のリスナー。

上記は、1980年代後半の、有名ジャズシンガーやショウビズのエンターテイナー達がまだ現役で活躍中だったころの貴重なレポートです。更にこのレポートは、日本ではどういうわけか、興業的には『ラウンジ組』のサラやアニタの方に観客動員力があり、『ショールーム組』との逆転現象が起きている、その辺は日本人リスナーも知っておいたほうが良いよ、と指摘していました。

 

確かに何でも舶来の物を有難がる風潮が強かった当時の日本では、エラもアニタもほぼ同様な熱量でウェルカムだったように思いますが…本国アメリカでのアニタのランクはそれほど高くはなかったと認めざるをえません。

 

それでも日本に何度も招聘され、テレビ出演を果たし、ホール規模のコンサートを行い、日本でアルバムを制作したアニタ。それは先入観なしに彼女の歌を素晴らしいと思うリスナーが日本に多くいた、ということではないでしょうか。

 

下の動画は、1963年に来日の際、TBSの番組に出演した時のもの、そして、1980年代、フジの『笑っていいとも!』に出演し、タモリ(Tp)とリッチー・コール(Ts)と『ウェイヴ』を披露するアニタです。新宿アルタがすっかりジャズクラブの雰囲気に!こんな映像が残っているなんて凄いですね。

今の時代、ジャズボーカルを歌うことを目一杯楽しむには、結局アニタのスタイルが最適なのかもしれない。

時代の流れと共に、ジャズのバンドやステージの規模、演奏できる場所や機会は急速に減少・縮小し、ジャズが音楽のメインストリーム(例えば、ラジオやテレビをつけるといつもジャズが流れているような)であった時代はとっくの昔に過ぎてしまいました。

 

それは何を意味するのか、というと、ジャズという音楽市場にお金が流れ込まない、すなわち優秀な人材(ミュージシャン、シンガー、アレンジャー等)が育つ土壌を確保することが難しい(他のジャンルに流れて行ってしまう可能性が高くなる)、また更に言えば、かつてフランク・シナトラやエラ・フィッツジェラルドの作品がそうであったような、一人のジャズ歌手が優秀なアレンジャーによる豪華なアレンジ作品を、大編成のバンドとレコーディングしたり、コンサートでお披露目できる機会は極めて低い(アルバムやコンサートに膨大な経費を掛けることが難しい)、ということに繋がって行きます。

 

つまりジャズの黄金時代と言われた時代に、大所帯のバンドと何度もリハーサルを重ねた末に完成度の高い芸術作品としてステージでお披露目をするのは、既に古き良き時代の昔ばなしになっているということですね。

 

そこで、今の時代、一番実現可能なジャズの演奏スタイルは結局、小編成のバンド(コンボスタイル)ということになります。それもロックバンドのように固定メンバーでなく、その日その場所に集合したメンバーでその日に演ろうと決めた曲を、時に簡単なアレンジ決めてその場で演奏するという、カジュアルなスタイルです。

 

コンボバンドは機動力に富んでいて、即興(アドリブ)で音楽を作るのに適しています。そうなると当然、ヴォーカリストもその性質に対応する必要が出てきます。一方でエラやシナトラのような、練りに練られたレコーディングクオリティをいちいち実現するのは、固定されたプロフェッショナルなメンバーで何度もリハーサルを繰り返すことが出来れば話は別ですが、それは今の時代、十分な報酬と時間が保証されない限り、難しいでしょう。

 

そうなると、やはりアニタ・オデイのように、バンドの奏でる即興のサウンドに呼応し、歌い方をどんどん変えていく柔軟性に富んだ歌唱スタイルで私達もジャズボーカルを愉しむのが、今の時代には一番最適なのではないか?と思うのです。

 

下はそんなお手本のような動画です。アニタのヴォーカルの采配で、演奏がノリと勢いに満ちています。ここまでバンドとの共演を楽しめたとしたら、ジャズボーカルとしての楽しみをMAXに味わっていると言っても良いのではないでしょうか?

 

註)日本で言うと『24時間テレビ』のようなチャリティ番組に出演しているので、字幕スーパーに問合せ先の電話番号が出ています(笑)