本当に即興してるからいつも『不完全』しかし、この姿勢こそ『完全な』ジャズボーカリスト!
こんにちは。鈴木サキソフォンスクール、ジャズ・ボサノバボーカル講師、鈴木智香子です。
さて、何からこのアニタを語ったら良いのか…毎回のように来歴などはWikipedia等に丸投げするとして(笑)、ボーカリストとしての視点でアニタのことを書いてみようと思うのです。しかし、アニタに関しては、とにかく既製概念を前提とした説明がしづらいのです。なぜかというと上記の理由です。
つまり、歌を歌う行為を『完璧』でなければならない行為だ、と思っている方々には到底、彼女の歌のスタイルは受け入れられないものだと思うからです。実際、ヨーロッパでは彼女のステージは酷評された時期があると聞いています。一方、一足早くヨーロッパをツアーして廻ったエラ・フィッツジェラルドは、概ね好評を得たとのこと(その証拠にヨーロッパではエラの高画質で記録されたライブの模様などがアニタより多く残っています)。
このエピソードからもアニタの歌唱スタイルは賛否両論だったことが分かります。
しかし、『ジャズ』という、即興、つまりその場でサウンドを生み出すことを何よりも大事にする音楽、という観点から見るとどうでしょう。彼女は、彼女のやり方で忠実にそれに従ったまでだと言えます。
即興(インプロヴィゼーション)とは、その場の雰囲気、演奏者や観客の顔ぶれ、自分やバンドメンバーの気分や体調などの、不確定な要素によって演奏内容が流動的に決まっていく、ということですから、予め練りに練って作られたものより『不完全』になってしまいます。
しかし一方で、その場でしか聴くことのできない、勢いや生命力に満ちた文字通りの『ライブ(Live)』感が生まれるわけですよね。決して演奏を『再生▶PLAY』しているのではなく、その場で今の瞬間に創っていく音楽。それがジャズという音楽の精神なのですから。
それを生涯かけて貫き通したボーカリスト。アニタこそ『完全な』ジャズボーカリストだと思うのです。
例えば、下は米テレビのジャズ番組に出演したアニタが『ボディ&ソウル』(1:30頃から)を歌っている映像ですが、ピアニストがアニタの歌に伴奏を付けられず、崩壊してます(笑)。『完璧な』エラだったらこのような事態はあり得ないでしょう。しかしこの1秒先の不測の事態を恐れないチャレンジ精神もジャズの一つの側面なのです。
アニタのスキャット VS エラ、サラのスキャット。
彼女の声質は、エラやサラのような美声ではないですし、声域も決して広くはありません。また、子供の頃に口蓋垂(俗に言う「のどちんこ」)を切除されたことで、声にビブラートが掛けられなくなったと本人が語っていた、という逸話も残っています。
ことスキャットに関しては、エラやサラのように『練りに練られた』ドラマチックなスキャットをここぞとばかりに披露することは、私の知る限りですがライブアルバムやライブ映像の中には見当たりませんでした。
アニタのスキャットは本当にその場で創っているんだなと思えるくらい、鼻歌のように自然にコーラス中に出現します。「よっしゃ、こっから『満を持して』スキャットやりますよ!さあ皆さんお立会い!」という気負ったところは全くないのです。
下の動画はアニタが歌う『You'd be so nice to come home to』(3:01頃から)です。エラやサラのスキャットと聴き比べてみると、その性質の違いが見えてくると思います。そしてその『不完全さ』が生み出すスリルも感じてみてください。
アニタ・オデイが影響を受けた女性歌手はたった3人。
マーサ・レイ、ミルドレッド・ベイリー、そしてビリー・ホリデイ。アニタは、これらの歌手しか聴かなかったという話があります。
マーサ・レイは女優で歌手。かつてフランク・シナトラまでもが「マーサ・レイのパフォーマンスから自分が得たものは計り知れない」と言っていたとのこと。どんな歌手だったか興味ありますよね。映画で彼女が歌っているワンシーン(0:54頃から)と初期のアニタの映像(0:52頃から)をご覧ください。どこか似ていませんか?
そして、ミルドレッド・ベイリー。ビリー・ホリデイもその歌唱法に影響を受けたと言われています。また白人で初めてブルースフィーリングを身に着けた歌手として知られています。私も彼女のアルバムを年代順に買い集めて聴いてみたことがありますが、 確かにある時期から歌が変化していて、ビフォー・アフターを感じました。
アニタの歌は音程があやしい(けど、不思議と絶妙なバランスを保っている)と感じるのは、このブルースフィーリングが取り入れられているからだと思われます。(BBキング、マディ・ウォーターズなどのブルースシンガーの、少しフラット気味な歌い方を思い出してください)
最後にやはりビリー・ホリデイ。ホリデイ自身は「白人女が私の真似をしている」とアニタに対しては相当ご立腹だったようです。同じ曲を歌っているのを聴き比べてみましょう。
ジャズボーカルを勉強している皆さんは「ふーん、この3人を聴くとアニタみたいになれるのね。」などと、ここで安心しちゃいけません。これはあくまでも歌声からのアプローチとしてはこの3人から影響を受けた、という氷山の一角的な意味であって、アニタは若い頃のビッグバンド所属経験からも推測されるように、楽器を演奏するミュージシャンから多大な影響を受けている、つまり楽器のような歌唱法を取り入れたことを忘れないでいただきたいのです。
ジャズは楽器演奏からその歴史が始まったのですから、ボーカルがいないバンドの演奏も進んで聴きましょう。(次回に続きます)