流行歌(ポップス)を取り上げて歌うジャズシンガー達
60年代、70年代のジャズヴォーカルを聴いていると、ジャズ歌手達がスタンダード曲以外に当時の流行り歌(ポピュラーミュージック)をレパートリーに取り入れて歌っている音源を耳にすることがあります。
レイ・チャールズなどのR&Bから、カーペンターズ、ビリー・ジョエル、スティーヴィー・ワンダーが歌う、当時まだ『なつメロ』というほど懐かしくなく、どちらかというと現役に近かった曲がアルバムの中に1、2曲入っていたりします(それらの曲は今では既にスタンダード化しているものもあります)。
歴代のジャズシンガー達は、当時のラジオで流れてくる曲を聴いたり、映画やミュージカルを劇場などで観て、その中の印象に残った曲を自分の声で歌ってみたくなって自分のレパートリーにしたものもあるのだと思います。
ジャズとして演奏しやすい条件(メロディーやコード進行がジャズにアレンジしやすいとか、アドリブの余地がありそう等々の条件)を持った流行歌がジャズスタンダード曲となっていったのですね。
そして最近ではとうとう80年代のMTV世代の曲を取り上げるボーカリスト達もちらほら出てきています。現代のボーカリストにとっても、ラジオやテレビCM等で耳にしてきたものに慣れ親しみ、それを自分のステージで歌うのはとても自然な事だと思います。
ということは、今後ブルーノ・マーズやビヨンセやレディ・ガガやアデルの曲がスタンダード化され、更にジャズミュージシャンが取り上げてジャズスタンダードとなる可能性もあり得ますね。
現代のポップスをジャズシンガーが歌う意義
ところで、そのようなポピュラーミュージックを敢えてジャズシンガーが取り上げて歌う意義は、どこにあるのでしょうか?簡単に言えば「なんで、ジャズ歌手がわざわざポップスの畑から曲を拝借してきてまでポップスの曲を歌う必要があるの?」ということです。
「そんなもん、曲が好きで歌いたいから歌うんだがや!理由なんてあるきゃ!(なぜか名古屋弁)」と言われそうですが、それでは身も蓋もありません。やはりその曲はジャズボーカリストが歌う以上、ジャズ畑の人が歌うポップスでなければならないと思うのです。
そしてジャズというジャンルの特性上、ジャズボーカリストはいつの時代も、既存の名曲を自分の歌として聴かせる挑戦を続けなければ、ということになります。ジャズの楽器奏者に、そんなもん当たり前だろ!俺らはずっとやってきとるわい!と言われそうです。
なので、本当のジャスボーカリストであれば、例え元歌と同じアレンジでも、別の歌い方になるはずです(テンポやリズムなどのアレンジを変えただけであれば、それは歌手でなくアレンジャーの手柄になってしまいます)。
したがって、元歌に似せて満足している、とか、元歌を少しでも連想させるような歌(元歌を越えてないと思わせてしまう歌)はジャズボーカリストが歌う意味がないのではないか、と私は考えます…おっと、自分にブーメランがグサグサ刺さってきてるぞ(笑)
あの『Close To You』を『私』の歌にする
例えば、ポピュラーミュージックの『クローズ・トゥ・ユー』だったら後にも先にもカレン・カーペンターが歌うバージョンがあり、既に金字塔ともいえるお手本が存在しているわけです。そうなると、ジャズボーカリストがこの曲を歌うときは、「私」の歌にするために、この金字塔に挑戦することになります。
とても無謀に見えるかもしれませんが、この、既存の価値に対して果敢にチャレンジする姿勢がジャズボーカリストのジャズボーカリストたる所以、つまり『ジャズ・スピリッツ』なのだと考えます。
きっと70年代当時、ジャズ歌手達もこの曲を必ずどこかで耳にしていた筈ですが、それでも頭の中からカレンのワン&オンリーな歌声やリチャードの素晴らしいアレンジを追い出し、まっさらな素材としての曲とサシで向き合って、ゼロから歌を作り上げることに執心したのでしょう。
そう考えながら音源を改めて聴いてみると、歴代のジャズボーカリスト達が葛藤しながら元歌と大いに戦った痕跡を聴いているようではありませんか?
次の動画は、カーメン・マクレエが歌う『Close To You』です。
カーペンターズの『Close To You』をカーメンが歌っているのではなく、間違いなくカーメンの歌う『Close To You』になっています。
(そうなるとカーメンを真似て『Close To You』を歌うジャズ歌手って一体??となってしまいますね)
余談になりますが、次の動画は、現代のコンセプトバンド『ポストモダン・ジュークボックス』がレディ・ガガの『Bad Romance』を20年代スタイルのジャズとして演奏したものです。既存の曲をジャズスタイルを用いて自分達の演奏にしてしまった好例として取り上げてみました。あの曲がこんな風になるんだ!と、きっと驚きますよ。
(しかし一つだけ残念なのは、ボーカルのアリアナ・サヴァラスは、特にバンドのサウンドに従って自分の歌い方を変えている様子はなさそうです。ガガの歌声を聴いた印象から離れていません)
【今日のワンポイント】
「既存の価値に挑む」その姿勢が、ジャズ(ボーカル)なんです!