条件のくくりがゆるいジャズ唱法
はぁ~、前回のブログで結構ウザく『スタイル』について書いてしまいました。今回も結構ウザいけど皆様、見捨てないでぇ~。
①いわゆる『美声』でなくても良い
(美声でも良いに越したことは無いが、そこに価値を置いていない)
②予定されたものより、その場のアドリブを重視する
(同じ歌でも歌う度に違う感じになることを求める)
③声量が無くても、声域は別に広くなくても自分の声の長所を生かした歌を歌えば良い
(マイクロフォン技術の発展のお陰で、声量のない歌手でも活躍できるようになった)
④クールがカッコイイ
しかし実際に、ルイ・アームストロングの歌を聴いてみると、まさにそんな感じがしませんか?美声とは程遠いダミ声、その場のノリに合わせたとしか言いようがない歌と演奏。上の動画を見る限りでは、明らかに歌詞を忘れてダバダバとかなんとかスキャットでごまかしていると思われる部分(0:48)や、「何だ(What)?」って言って段取りに戸惑いながらも、その場で適当にバンドに合わせている様が見受けられます。しかし、ステージそのものは勢いがあってとても楽しそうです。
因みに、この曲『Hello,Dolly(ハロー、ドーリー!)』はミュージカル映画の挿入歌であり、ルイ本人も出演していますが、発表後のツアーで、この曲を思いがけずリクエストされた時「え、どの曲のこと?」と、この曲の存在をすっかり忘れていたという逸話もあります。
ルイ・アームストロングからジャズ(ボーカル)は始まった!
そして、⑤のボーカリストが(バンドと同様に)ジャズのリズムを感じながら歌っている。
これが、一番重要なジャズボーカリストの条件だと前回申し上げました。
ここで何故トランペッターのルイ・アームストロングを挙げたのか?それには理由があります。
それは、『ジャズ』というジャンル自体、ジャズミュージシャン達がルイ・アームストロングの演奏を手本とするところから実質的にスタートしていて、ジャズボーカルもそれに準じているからなのです。
もう、これは軌跡としか言いようがないのですが、ある日突然シカゴからニューヨークのライブハウスに現れた一(いち)ミュージシャン、ルイ・アームストロングの演奏が、あまりにも斬新で刺激的だったので、度肝を抜かれた他の楽器プレイヤー達が我も我もと彼の演奏スタイルを真似するのに躍起になったのです。そして、トランペット演奏とあわせてルイは歌まで歌ってくれたので、その巷(ちまた)で一番ホットな歌唱スタイルを、ボーカリストもこぞって真似し始めました。(そして結果的にこのスタイルは、『声』の持つ無限の可能性を歌手達に教えてくれることになったのです。)
そういうわけで、ジャズボーカルは『(楽器演奏としての)ジャズ』というジャンルの一部分なので、ジャズボーカリストはジャズの楽器プレイヤー達の奏でる楽器のように歌うスタイルをとることになるのです。ジャズボーカリストが、たまに歌詞以外にダバダバとスキャットをするのは、実は楽器奏者のプレイを真似ているからなのですね(歌詞を忘れた場合もあるけど)。
ミュージカル唱法が、クラシック音楽のオペラから発展した人間の声の芸術、という独立した分野であるということを考えると、ジャズボーカルは全く異質なものだという事がわかりますね。
当時のモダンな歌い方=ジャズ唱法
そういうわけで、ルイの演奏や歌に強い影響を受けたボーカリスト達は、ミュージカル唱法のようなビブラートかけまくりの、何かと大げさで装飾の多い歌い方を『古い』と感じてさっさと別れを告げ、1音1音がシャープで歌詞がリズムにのせやすい、少し無機的でそっけなく聴こえるかもしれないが、しかし何よりも自由な歌い回しができる『モダン』な唱法にシフトしていったのです(ただし、世の中すべての歌手がこれに追随したわけではない)。
そして、もう一つ凄いことがあります。ジャズが生まれたことは、初めてヨーロッパ大陸からの輸入ではないアメリカ独自の音楽が世に出た瞬間でもあったのです!その後のアメリカのエンターテイメントがどう発展していったかは、言わずもがなですね。そう言った意味でもルイ・アームストロングの存在は偉大なのです。
この新しい歌唱スタイルは、アメリカの都市人口が増加し始めたり、自動車の大量生産やラジオ放送が始まったりなどの、現代(モダン)化が進みつつあった当時1920~30年代の社会の風潮ともちょうど合致していました(この辺りは語ると長くなるので今回は省略)。
ここでまたルイ・アームストロングの動画をご覧ください。ちょっと時代は新しくなりますが、オールディーズのヒット曲『オンリー・ユー』もジャズ唱法で歌うとこんな感じになる、という好例です。
▸『Only You(オンリー・ユー)』 プラターズバージョン(こちらが原曲)
▸『Only You(オンリー・ユー)』 ルイ・アームストロングバージョン
もひとつおまけに、どんなタイプの歌い方が当時ジャズ唱法と比べて『古い』と感じられたのか。典型的な例をご紹介しましょう。
ルース・エッチングという歌手が歌う、ジャズスタンダードにもなっている『オール・オブ・ミー』です。ルイ・アームストロングバージョンと併せてどうぞ。
Jazz vocalではなく、Vocal Jazzなんです。
上記に関連して、ここでもう1つ是非お伝えしておきたい事があります。
日本においては『ジャズ・ボーカル(Jazz Vocal)』という言葉がすでに定着していますが、どうやら本国アメリカでは『ボーカル・ジャズ(Vocal Jazz)』が正確な表現のようです。訳すると『(楽器の代わりに)声で表現するジャズ』ということです。
(因みに『Jazz Vocals』 とVocalという形容詞が複数形になると『ジャズボーカルを歌う歌手達』というそれに携わる人そのものの意味になります。映画のタイトルにもなっている、『Untouchables(アンタッチャブルズ)』とか『Expendables(エクスペンダブルズ)』などと同じ用法ですね)
Vocal という単語はもともと形容詞です。こういった事例からも、ジャズボーカルは『ジャズ』という楽器演奏のジャンルの一部分である、ということが見えてくるのですね。
≪あるあるイメージ≫とは全く関係のない次元の、ジャズボーカルの『本質』の部分、何となくお分りいただけましたでしょうか?私個人の意見としましては、こういった諸事情を理解したうえでジャズを歌うのでなければ、ジャズボーカルとは言えないのではないか、と思うのです。
でも逆に言えば、この部分さえ押さえておけば、自分の個性を生かしてどう歌ってもOK!という、素敵な自由が待っていることにもなります(もちろん各人の美意識も必要ですが)。
というわけで、ジャズ・ボーカルコースでは、通常の歌のレッスンだけでなく、このあたりも説明させていただいております。単なる英語カラオケ教室にならないように…。
次回は、「じゃあ、どんな歌手が影響受けたんだ?」という疑問にお答えすべく、ルイ・アームストロングの創造したスタイルをしっかりと受け継いだ、個性豊かなジャズボーカリスト達をご紹介したいと思います。
【本日のワンポイント】
ジャズボーカルは、トランペッターのルイ・アームストロングが生まれてこなかったら、この世に存在しなかった。