こんにちはー。鈴木サキソフォンスクール、ジャズボーカル講師 鈴木智香子です。今日は、ワタクシがずっと抱えていたジャズボーカルに関する疑問に、何となーくケリがついたので、文章として整理しがてら、この場を借りてご紹介しようと思っております。それは『器楽的唱法(horn like singing)』て何?という疑問でした。
『器楽的唱法』ってどういう歌い方?
ジャズボーカルのCDのライナーノーツや、専門書などで、特定のジャズボーカリストについて記述してある時にたまに目にする言葉ですが、これはどのような歌い方を指すのでしょうか?
今までよく目にしてきたのは、『ビリー・ホリデイの器楽的唱法』という文章です。昔、私がジャズボーカルの勉強を始めて間もない頃、この言葉が含まれた文章を読んで、大きな疑問を感じました。器楽的唱法という意味も当時は分からなかったですし、仮に楽器のように歌うのであれば、「(あの生々しい)ビリー・ホリデイの歌のどこが、器楽的唱法なんだろう?」と、この種の文章に出会う度に、首をかしげたものです。
その一方で、スキャットをバリバリこなすボーカリストを指して、器楽的唱法の歌手、と言っていた人がいた記憶もあります。確かに、スキャットが得意なエラ・フィッツジェラルドや、驚異的な声の持ち主のサラ・ヴォーンの方が、いかにもそのような技巧的な歌を歌っています。
しかし、ビリー・ホリデイとその歌手達の歌のスタイルがあまりにもかけ離れていて、私の頭の中では、更なる混乱が起こっていました。なぜなら、ビリー・ホリデイは歌の中でスキャットしないし、声域もそれほど広くない歌手だからです。
そんな疑問を抱きつつジャズボーカルの勉強を続けてきましたが、その答えは、テナーサックス奏者の鈴木学、つまりミュージシャンと結婚してから分かってきました(笑)。そして、私が長年抱いていたその素朴な疑問は、ジャズボーカルを勉強する上で避けて通れない、とても重要な事だったことが分かったのです。
ミュージシャンに尊敬されていたビリー・ホリデイ
“I don’t think I’m singing. I feel like I’m playing a horn...” - Billie Holiday
(私は歌っているんじゃないの。まるで管楽器を演奏している感覚ね by ビリー・ホリデイ)
器楽的唱法とは何か?を理解する手掛かりにになったエピソードがあります。
一説によると、ビリー・ホリデイは周囲のミュージシャン達に大変尊敬されていたとのことです。
シンガーがミュージシャンに尊敬される、ということはつまり、歌詞を伴わない故に技巧に走りがちになってしまう楽器演奏を、彼女の歌詞の語り口やメロディーの歌い回しを聴くことによって、歌本来の魅力を思い出させてくれた、更に楽器演奏に多くのインスピレーションを与えてくれた、ということではないでしょうか。
同時に、ビリー・ホリデイの歌唱は、他のジャズミュージシャン達と同じように、トランペット奏者のルイ・アームストロングの奏法や歌い回しから強い影響を受けています。そしてもう一人、テナーサックス奏者のレスター・ヤングの奏法からは特に強い影響を受けたと言われています。
そして彼女自身も、歌い回しのバリエーションの源は、ジャズミュージシャン(ソロイスト)に因る処が大きかったということですね。そう考えると、ミュージシャンとボーカリストが常にお互いを刺激しあい、それぞれの芸を高めていったという、理想的な姿を見てとることができます。
具体的には、楽器の発音(音の始まりから終わりの切り際まで)、発声のタイミング、そして何よりも普通の歌手が歌うお決まりの歌詞やメロディーの範疇からはまず見出すことが難しい、楽器特有のメロディの歌い回しのバリエーションの無限の広さ、そういったものから彼女独特の歌のフレージングの発想が生まれてきたということなのでしょう。
それが証拠に、ビリー・ホリデイの歌声には、殆どビブラートが掛かっておらず、まさにジャズミュージシャン達が操る楽器の発音の仕方そのものですし、また、生涯に同じ歌を何度もレコーディングしていますが、ジャズミュージシャンのアドリブが二度と同じことができないように、彼女の歌は毎回違う歌い回しになるので、まるで別の歌のように聴こえるときがあるのです。
ジャズミュージシャン達から新しいフレージングのアイディアを
また、エラ・フィッツジェラルドやサラ・ヴォーン、アニタ・オデイらも、ソロ歌手として世に出るまで(つまり駆け出しの頃)は、ビッグバンドの専属歌手として全米をバスでドサ周りし、ジャズミュージシャン達と寝食や仕事を共にしていた時期があります。来る日も来る日も巡業先で同じような歌を歌っている中で、歌い回しの新しいアイディアを生み出すお手本のようなジャズミュージシャン達が、常に傍らにいたわけです。
ミュージシャン達が夜な夜な演奏する斬新なフレージングを自分の歌声でも試してみたい、歌詞という制約がなかったらミュージシャン達の演奏のようにもっと自由に歌えるのに、などと常に考えていたのではないでしょうか?後にソロ歌手として世に出た彼女たちの個性的な歌を聴けば、そのことは想像に難くありません。
『器楽的唱法(horn like singing)』=ジャズ・ボーカリストの歌い方そのもの
そこで思うのですが、
- ジャズミュージシャン達のフレージングからインスピレーションを受け、
- ジャズの楽器のような発声で歌詞やスキャットを歌い、
- アドリブを得意とするミュージシャンが楽器を演奏するように、自由なフレージングを使って即興的に歌うボーカリスト、
それこそが『器楽的(horn-like)』な歌手、つまり、本当の意味でのジャズボーカリストということではないかと思うのです。他のボーカルのジャンルにはこのような特徴は見当たりません。
ジャズボーカリストのタイプとしては、エラやアニタのように『歌詞を歌う代わりに(曲によっては)楽器を操るようにスキャットとして歌いたいと思った人』と、ビリーのように『歌詞の世界を大事にしつつ、楽器奏者のように歌いたいと思った人』など、それぞれのスタイルがあるとは思いますが、やはり歌手は本来、歌詞を歌うから歌手なわけで、スキャットに関しては…その延長線上にある副次的産物、ととらえた方が良いのかもしれません。
歌が技巧的な方向に偏ってしまうと、歌手自身のスキルは披露できますが、一方で作曲者の意図や、歌詞の世界を十分に表現できなくなるというデメリットもありますしね。(ビリー・ホリデイの歌は、その技巧的な部分と、彼女独自の歌詞の解釈やエモーショナルな表現が、奇跡的にバランスを保っており(両立はとても困難)、それを聴いている人に気づかせないくらいさりげなくやっているところが、実は凄いんです!)
最後に、技巧的になりすぎちゃってるアニタ・オデイの映像をご覧ください。特に1分30秒あたりからの『ボディ・アンド・ソウル』をアニタが歌い始めるところからです。何か凄い事をしているのは分かるんだけど、ピアニストが伴奏をつけられなくて困惑しています。
【本日のワンポイント】 偉大なジャズボーカリスト達は、キャリア初期に必ずジャズミュージシャン達から多大な影響を受けている。(だから、ジャズボーカルのお勉強はボーカリストを聴くよりも、インスト曲を聴いた方がいいYO!)
- エラ・フィッツジェラルド ― チック・ウエッブ楽団
- サラ・ヴォーン ― ビリー・エクスタイン、アール・ハインズ、ディジー・ガレスピー、チャーリー・パーカー等
- アニタ・オデイ ― ジーン・クルーパ楽団、スタン・ケントン楽団
2014年8月3日 記す